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毎度のことながら、ホント多忙な毎日です・・・
おかげで自分の休みというのが、このところありません。

ったく!

多忙なせいで今年どうしても観たい映画

「ベイビー大丈夫かっ」という、
1987年熊本阿蘇で行われたビートチャイルド1987なる、
伝説の野外ロックフェスの記録映画が
現在、公開されているんですが、
残念ながら観に行く時間がナイんですよねぇ・・・。

おそらく、このまま上映終了となってしまうんでしょうが、
ちょっと悔しいです。
いや、だいぶ・・・相当に悔しいコトになりそうです。
DVD化の予定もナイそうなんで・・・


もっとも仮に、
この映画を観たとしてもネタにはできそうにないんですケドね。
もうすでに公式サイト含めブログ等々、
かなりの数の完璧な映画批評が出ているので、
「潮風太子」として書くスペースはナイなと・・・・

ということで、
こういうときは書けそうなスペースが、
ありそうなロックフェスネタをみつけて書くかなと。



今年の5月4,5日とラジオ民放各局で、
1985年オールトゥゲザーナウ2013Byライオンという番組が放送され、
皆さん聴かれたかと思うんですが・・・

へへへ(^ ^)いや多分、
ほとんどの方は聴かれていないと思います。

しかし残念ながら聴かれた方々にしても、
ほとんどの方々が不満を口にされております。
余計なトークが入ったりと貴重な当時の音源が、
ジックリと放送されず、
なにか消化不良だったカンジで。

確かに、あれでは何だかよくわからないなと。

と思っていたら、
YOU TUBE って有難いですね~!

当時、FM東京でやった特番を、
エアチェックされていた方がアップしてくれていたなんて!
感謝感激ですハイ。

しかしながら閲覧アクセス数をみると、
それほどいないなと・・・(?)


ということで、
今週はチョイと1985年にタイムスリップして、
生意気にも、このオールトゥゲザーナウ1985について、
書かせていただこうかと・・・・

1985年6月15日東京国立競技場で、
大規模な本格的ロックフェスティバルが行われた。
先ほど書いた熊本のビートチャイルドより遡ること2年前の話。

当時、第一線で大活躍していた、
いわゆるニューミュージック系の超人気ミュージシャンたちが、
東京の国立競技場に一堂に会するという、
今考えても、夢のような大イベントで、
このとき私、潮風太子「高校1年生」。

しかし、このイベントのチケットが入手できず、
結局、行かれなかったのでありました。

これが今だに悔やまれてならないんですな。
28年経った今でも・・・

なので当時、愛読していた「キーボードランド」という、
キーボード系専門の音楽雑誌での特集を
貪るように熟読したもしたもの。

なんせラジオの民放によるイベントだった為、
テレビでの中継が一切無かったんですから・・・

そこで今回は、
当時の特集記事の写真を
勝手に掲載m(_ _)m
しながら話を進めてまいります。

というわけでこのYOU TUBEの音源を聴きながら
コーヒーやアルコールなど飲みつつ、
秋の夜長のんびりお読みいただければと・・・
脇に検索しやすいよう、
ミュージシャンごとに開始タイムを入れておきますんで、
ご参考まで・・・


それではスイッチをポチッとな。(ラジカセのつもりで)

このイベントの総合MCが、なんと吉田拓郎!

そしてオープニングから、
いきなりそのMC吉田拓郎とオフコースが夢のコラボレーション!!

吉田拓郎の「お前が欲しいだけ」をバックがオフコースって・・・(驚)
そしてオフコースの名曲YES、NOへ。

う~ん我々の世代だと、もうこの時点で涙モノでして・・・。

続いて当時、大ブレイク中だったアルフィー(12:12あたり)
星空のディスタンスですよ、もう・・・
それこそ「アナログタロウ」のイントロ紹介が聞こえてきそうな(笑)

当時、トレードマークだった高見沢俊彦(右端)の
フライングVが眩しく見えます!

飛ぶ鳥落とす勢いでしたからねぇ。

そしてアンルイスとラッツ&スターとのコラボ(17:12)
さてダニーアサウェイの「君の友達」って曲、
どのくらいの人が覚えてるんでしょうか?

この曲のカバーを演奏してるんですが、
今じゃ「伝説の女性シンガー」アンルイスですよ!
アンルイス!それが鈴木雅之とか桑野信義とかと、
同じステージに立ってるって・・・・


続いて当時、学園祭女王の名を欲しいままにしていた
山下久美子と白井貴子のコラボ!
(22:00)こっちをお向きよソフィア(山下久美子)
(26:46)チャンス (白井貴子)
コレを今でもカラオケで歌ってる人って
間違いなく40歳以上の人です・・・

でも、たまにいるんですヨね(驚)
アンタおいくつよ?ってカンジで。



で、このイベントにおいては
完全な色物扱いの武田鉄矢(30:16)
「お約束」のお笑いトークと実は「さすが!」という、
見事なアカペラの「贈る言葉」を熱唱。
そしてラジオ体操第1の中休ストレッチで、
また笑いを。
なかなか、凝った構成だったんですな。

しかし贅沢な時間はまだまだ続き。

(34:18)ブレッド&バター+つのだ☆ひろ、
チューリップの財津和夫と姫野達也、宮城伸一、松本淳
がチェッカーズの「涙のリクエスト」をアカペラで披露すると、

そこへ本物のチェッカーズがシークレットゲストとして登場!
スティヴィーワンダーのI jast call to say I love youを、
1番はブレバタが歌っていた日本語ヴァージョンの「特別な気持ち」で、
そして2番から「原曲」をコーラスで合唱。
ちょっと信じられない光景です。


(42:24)ついにはフォークの重鎮、
イルカと南こうせつ、さだまさしの3人で、
「神田川」をコーラスですぜ!
日比谷の野音じゃなく、東京の国立競技場で。


そして知る人ぞ知る伝説的バンド「はっぴいえんど」の登場と(46:23)

松本隆と細野晴臣と大瀧詠一の3ショットも、
このイベントでの超目玉。
「さよならアメリカ、さよならニッポン」という、
なんともマニアックな無国籍系音楽を演奏するとこなんぞ、
ドン引きっちゃドン引きなんですケド、
これもマニアの間では今や語り草です・・・


このイベント以降、この3ショットは実現していないので、
おそらく、これが見納めなんじゃないかと・・・・
そう思うと、また悔しさがこみ上げてくるワケで。

もう、ここからは書いてても、
アタマがおかしくなりそうです・・・

(53:17)ジャ~ン!
出ましたサディスティック・ユーミン・バンド!


Vo松任谷由実 g加藤和彦・高中正義 Dr高橋幸宏、
 Bass後藤次利 key坂本龍一にメンバー紹介が小林克也ですよ!
「ありえへん」でしょ!
もう七福神の宝船状態。

そして、いきなりユーミンの名曲「Downtown boy」ですもん。
この曲を聴くと、もうダメでしてね。
涙ぐんじゃうんですよ今だに・・・
それが、このメンバーでの演奏!もう鼻血モンですわ。

(1:07:44)更に、このメンバーに小田和正と財津和夫が加わり、
「今だから」と・・・完全に脳がイカレそうです。


もう聴いてるだけで豪華さにアタマがクラクラしますな。

(1:12:51頃)には当時、
絶対的カリスマと呼ばれていた(ウチらの世代は特に)
佐野元春が登場し 国際青年年のテーマ曲でもあった
「Young bloods」をゆったりとした感じで熱唱!

う~ん、このYoung bloodsもイイな・・・なんて思っていたら、

そこへ、これまたシークレットゲストだった
サザンオールスターズが乱入し
(1:18:40)「夕方HOLD ON ME」を佐野元春とコラボ!!
この頃サザンは、まだデビューして8年弱。
まさしく上昇一途の昇り竜の頃。
もう桑田佳祐の目がチンピラのように、
殺気立った感じでギラギラしていた頃でもあります。
全部喰ったるみたいな。

そうやって考えると、実に感慨深いステージだったワケで・・・


そして最後はステージ上に出演者全員が立ち、

このイベントのテーマ曲である、
(1:23:47)ALL TOGETHER NOWを 
(作詞 小田和正 作曲 吉田拓郎 編曲 坂本龍一)を、
全員でリレー形式に歌って大団円と・・・・

いや、こうして改めて回顧しても、
実に凄い一大イベントだったワケです。

ここで少し、私的に蛇足ながら
この時代の音楽事情について補足して書かせていただきます。

この1985年という年は、
音楽界にとっては、
クラフトワークそしてYMOから派生し、
当時、隆盛を極めたテクノサウンド、
いわゆるピコピコサウンドにも手詰まり感が出てきて、
曲が全体的にマンネリ化していた時期でもありました。

そこへ一時、
もう終焉か?と揶揄されかけていた、
いわゆるニューミュージックが、
キーボードやMIDIの劇的進化とともに、
フォークギターとエレキという、
それまでの定番の組合せから、
ツインキーボードシステム主体となり、
これがバンドの基本スタイルになると、
そこへロックンロールが融合、
新たなバンドムーブメントへと発展。

今で言うジャパニーズポップと呼ばれる原型が出来上がっていきます。
確かにこのイベント以降、
ニューミュージックというコトバは死語になっていきました。

この大イベントに参加そしてYMOのリーダーでもあった、
細野晴臣曰く「これはニューミュージックの葬式だった」と、
後日語ったとか・・・


結果として、
これら新しいムーヴメントを一早く取り入れて、
ヒット曲を出したミュージシャンが、
やがてジャパニーズポップの旗手となり、
現在もトップを走っているワケです。

そして今や皆「神の領域」の存在となって
しまったと・・・

この1985オールトゥゲザーナウという、
超大規模なロックフェスが起爆剤となったのか、
この後に冒頭で書いたビートチャイルドへ繋がっていき、
のちにやってくる一大バンドブームへと発展していくんですよねぇ。

このオールトゥゲザーナウに出ていたミュージシャンたちの曲を、
当時のバンド小僧たちはこぞって、
必死に練習して完全コピーして、
あるバンドは文化祭で披露し、
またある者は「夜」駅前の路上へと飛び出し腕を磨き、

そこで「ウケる」という快感とコツを覚え、
ついには自らのオリジナル曲を書いて・・・。
という流れになっていったんですな。

私、潮風太子もまた、
そうした音楽小僧の端くれだったワケで・・・

しかし、あのときのバンド熱の高さって、
ホント凄かった!

今のとは、また違うカンジのね。
「闘う!」ってコトバがハマりそうな。

オンリーワンだとか寝ボケたコトを抜かしてる奴なんか、
まぁいませんでしたな。

オンリーワンって聞こえはイイものの、
皮肉な見方をすれば「私は戦わず敵前逃亡します!」って、
言ってるようなモンですからね。
「受験」から逃げるみたいな。

とにかく、みんなが「時代よ俺に微笑め!」by福澤朗
ってな調子でしたから。
「天下取ったる!」って、みんなで大ラッパ吹き合ったりして。

まぁそういう時代だったというコトを、
付け加え書かせていただきます。

しっかし、しつこいようですケド私思うんですな。
「この歴史的大イベントの記録映画を公開してくれないかな」と。

まぁ今こういう時代ですから、
関係各位の著作権やら肖像権の問題とかもあるんでしょうが、
バブル景気直前の日本の様子、当時の若者の文化、
そしてノリ、嗜好、雰囲気など、
改めて記録映画として「公表するべき」なんじゃないかと。

それこそ「今だから」公開してもらいたいと、
つとに願う次第です。

当時の若い世代には「この国」が何か大きく
「世界へ向けて!」動き出すようなワクワク感があったあの時代。


とにかく無謀なまでに後先考えないで、みんな突っ走ってましたっけ。
文系、理系問わず。

でも、この国全体の当時のオーバースピード気味な熱さ(無謀さ)は後に、
幸か不幸か?この直後にやって来ることになる、
バブル景気へと突き進ませてしまった
原因だったのかなとも、
今にして思えば、そんな気もします。

そして、そういう時代を経て現在があると・・・

さて、いかがでしたでしょうか?
1985年の日本の様子。
久しぶりに、ちょっと思い出していただけたでしょうかね?

皆さん、あるいは皆さんの父上、母上、
あるいは皆さんの上司や「先公」は、
1985年当時おいくつだったんでしょう?(^^)

当時、何処で、何を考え、何をなさっておられましたかな?


今週は1985年を少しばかり回顧してみました。
かくいう私メも、
ちょっとばかし「初心に帰る」みたいな気持ちになれたかなと。

ホント独りよがりなネタで今週は皆さんドン引きかと思いますが、
でもコレいつか書きたかったんですよねぇ。ヘヘヘ。

お陰様で少しばかり、
このところのイライラも解消できました\(^o^)/

あ~やれやれ・・・

ということで、また来週。
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