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遅るばせながら今週は例の都知事選に対する、
個人的感想など・・・

結構、思いのほか長文になってしまったので、
お忙しい方は、端折ってお読みくださいませm(_ _)m


マリンスタジアムのすぐ近くにイオンモール幕張新都心が
昨年末にOPEN。

近所に本社屋があるということもあって、
いってみれば、お膝元での開店なので、
別に驚くような立地での開店ではないものの、
このスグ隣にある
「コストコ」を囲む(見下ろす)かのように建てたため、
おかげでコストコがやけに小さく見えるようになってしまった。

それこそ街がひとつ出来たくらいの超大規模店舗。

小さい子供を連れての移動ともなると隣の棟まで移動するのに、
15~20分は軽くかかってしまうので結構、移動がしんどい。


それにしても千葉県内のいたるところ、
広大な土地のあるところには「病院」か「イオン」が、
ここ数年、続々と建つようになった。

中でもフナッシーで今や全国区の知名度となった船橋市なんかでは、
その勢いたるや陣取り合戦のごとし。

そして駅近くにある畑は農家の高齢化と後継者不在、
それに加え納税の問題などから、
続々と農家が畑を手放すという状況が最近、
急加速している。
そこへマンションや住宅地が建つ。


では、駅から遠く交通アクセスも悪く、
大規模店舗や大型マンションが建てにくい、
かつての「田んぼ」や僻地といった、
だだっ広い割に売りモノとしては、
イマイチな条件の土地はどうなっているのか?というと、


船橋といっても市街地から車で30分も走れば、
今だに立派な「田舎」の風景。


そういうところでは最近「老人ホーム」の建設ラッシュが起きている。

「こんなにバンバン建てても、
それだけ入る人いるのかね?」と言えば、
「それがいるんだよね」と返ってくる。

息子や娘が千葉で暮らしている人たちを中心に、
最近「東京」から続々と「お年寄り」がこちらに移住を始めているとのこと。
しかしながら子供たちとは同居はしないという。

はて、どういうことかいなと・・・

老人ホームといっても一概にすべて同じ括りではないらしく、
どうやら大きく分けると2種類に分けられるらしい。

一つはCMや広告をバンバン打つような「お金持ち向け」のところと、
それとは真逆に「良心的価格の終の棲家」的なところに大別されるという。

お金持ち向けのところはイイとして、
その真逆の「一般大衆向け」老人ホームの建設が船橋市では現在盛んだ。

もう既に都内各所にある「庶民向け老人介護施設」は、
完全に飽和状態。
爆発的に増え続ける超高齢者に対し、
対応出来なくなっているので、
「あとは自己責任ということで・・」
ってなカンジとのこと。

日本は資本主義国家である以上、
こういうことは仕方ないコトといえばそれまでだが、

こうして行き場を失った「お年寄り」たちは、
仕方なく長年住み慣れた都内の土地を離れ、
そして近隣県の郊外へ・・・
という流れだ。

もう、それこそ「老人難民」もいいところ。


聞けば、例の耐震偽装問題から始まった、
「耐震補強工事」の影響でマンションの耐震補強工事あるいは、
老朽化に伴う建て替え工事によって管理費のほか、
さらに「工事費」の負担を余儀なくされたような人たちも相当数いると。

現在、年金暮らしの年寄りでも、
富裕層はイイものの、
そうでない日々質素な生活を
余儀無くされているような、
経済的に豊かとは言えない、
お年寄りたちにとっては、
それ相当な金額の負担は非常にキツイ。
当然ローンも組めない。

更にマンションなんかだと、
工事および建て替えに際しては住人全員の同意が必要なので、
「もう、そうなったらウチらは老害でしかないわけよ」
というコトだと。

反対できない状況である上、
かの大震災以降さらに急いで工事が必要という
お上からの「プレッシャー」もある為、まさしく待ったなしの状況。
となれば老兵はただ去るのみと・・・。

そして市内にある築40年はあろうかという
オンボロ(失礼)激安アパートに新たな居を構えることで、
「住民票」を手に入れ行政サービスを受けられる条件を満たす。
同じ市内で暮らす子供たちがいても、
あえて同居しないところがポイント。


老人ホームといっても「お金持ちでナイ人が住む」ところは、
運よく無事入居できても、
早ければ数ヶ月から長くとも3年程度で、
ヨソのホームあるいは病院へ転々と移動しなくてはならない。

待機老人解消のため病状の悪化に合わせるかのように、
順送りで「重病用ホーム」そして「終の病院送り」としたい、
行政側の都合もあって市が斡旋するような形で、
日々体が弱ってゆく「お年寄り」たちは、
まるでジプシーのように「たらい回し」されながら、
市内の介護施設を転々とし、
最終的には「その手の病院」(死期が迫った年寄りばかりの病棟)へ送られ、
そこで最期の時を迎える。

したがって「本来の居住地」では、ほとんど生活をしない。
が、これまたアパート貸す側、管理する側、
借りる側の利害がそれぞれ一致しているので、
やや理不尽な感はあるもののビジネス的には見事に成立してしまう。

ということで、
どんどん老人介護施設が市内の辺鄙なところに建設されてゆく。

これがクチコミとなって、どんどん都内から「お年寄り」たちが、
やってきているとの話。

また、この人たちの多くは「ネット」というメディアに対して、
いまだに苦手意識や不信感を持っている。

お年寄りたちはネットのような第3メディアから、
こういう「事実」を発信することができないので、
なかなかこういう問題が表面化しない。

また表面化したところで劇的な解決策もナイのだが・・・

「もう東京というところは、貧乏な年寄りが暮らすところじゃナイよ」
と口にする「お年寄り」すらいる。
でも、これが今起きてる現実であり、
国際都市TOKYOの成れの果てなのか?


結局、本命と言われていた舛添要一が都知事に当選した。





元総理大臣の細川護煕は元総理大臣だった小泉純一郎とタッグを組んで、
「脱原発」を掲げ都知事選に打って出たが、
「国民」にばかり目が行きすぎるあまり、
肝心な「都民」からの支持を受けることができなかった。




潮風太子が注目していた2人の候補、
「田母神俊雄」と「家入一真」の2人は、
ネット選挙の戦い方がうまかったのか?
意外なほど多くの得票数を得た。

この2候補の得票の決定的特徴は、
ネット民つまり「若い人たち」からの票が多かったこと。

都民の人口比率から考えると、
現在、若い人たちは絶対数が少ないワケだから、
この得票率に関しては決して見逃すことのできない数字だ。

ただ気になる点もある。

家入一真という候補は
「自分一人では何もできない、
だから皆からネットを通じて意見を求めたい」という、
一見すると今風らしいカンジで、
8ビットニュースの堀潤あたりに言わせると、
「これからの時代の選挙はこうあるべきだ」的な事を言っていたが、

このやり方だと極端なことを言えば、
例えて書くと状況が変わった途端コロコロと政策が変わり、
2月に「公共事業反対」を決めるも、
7月に皆の意見により「公共事業推進」へ変更、
ところが11月に「やっぱ反対!」ってな状況になりかねない。
一事が万事そんな調子では、たまったもんじゃナイ。

それに、こういうやり方だと、
現在のオバマ政権のように大企業や、
特定団体からの献金病にも陥りやすく、
結局、今のアメリカのように政府よりも企業や特定団体の方が、
強大な権力を持つようになってしまったら、
それこそ国家転覆となってしまうだろう。

少なくとも先程にも書いたが
完全に「年寄り不在」の政治になってしまうことは確実だ。

本来の大票田である「お年寄り」たちの声が反映されるとは、
失礼ながら到底思えない。

では今後30年後あたりには、
こういう「民主的」なやり方が主流になるのだろうか?

田母神俊雄の票についても、
多くの若年層から投票行動があったことを注視したい。

最近の若年層の右傾化に対して、
非常に危機感をもつ人たちが出てくるようになった。
それは、だいたい40代から上の世代で、
ネット媒体に精通している人たちに多くみられる。

これにもまた注目している。

今から20年くらい前「新興宗教ブーム」というのがあった。
この手の「宗教」には有名芸能人だとか文化人が入信していたり、
駅前で勧誘活動やらパフォーマンスや書籍販売といったことを、
いろんな団体が行っていたもの。

オウム真理教は、その中の1つだった。

潮風太子と同世代で、
この手の新興宗教にハマってしまった連中の傾向は、
決まってお勉強ができて、そこそこ金を持っていた連中で、
それでいて社会に不満を持った同じような価値観の者同士が、
「ねずみ講」的なカンジで入信してしまい結果的には、
我々の価値観で言うところの「廃人」となっていった。

どうして、そんなモノに簡単にハマってしまうんだろう?
と当時は不思議に思ったものだったが、
この「答え」も今にして思うと、
いたって簡単だった。

正規軍側が完膚なきまでに論破しようとすると、
逆に言われた側も反論を展開し始める。

ここまでは全く問題なく、
イデオロギーの異なる者同士の大議論、大いに結構!だったのだが、

ただ、この議論。
最終的には当時のマスメディアが面白がって、
お互いをけしかけるように煽っていくことで、
ルール無用のデスマッチの様相へ変化していった。

元々お互いに落としどころを作っていなかったのだ。


そして厄介なことに、
なまじ頭がイイ者同士の議論となると、
たとえどちらかが論破されたとしても絶対に負けを認めない。

やがて、そこで生じた「維新軍」側の
フラストレーションは、
無謀な外への暴力へと向かい、
最終的には全く何ら無関係で、
善良な人たちが理不尽にも犠牲者となる結果とを生み出す。

かつての学生闘争しかりオウム事件しかり、
形こそ変われど歴史は何度も同じことの繰り返しで、

かつてのような左の動きが現代で右の動きに変わり、
終末論が国防論に変わっただけで本質的には同じ。
なんだまたかと・・・・

今回の選挙での若年層の投票行動から、
それを見て取ることができた。

また「同じようなコト」が起きる。
必ず。

キーワードは次世代。

議論の対象がオンラインな関係の「無機質な人間相手」となれば、
体温のない妥協点無き議論だけが果てしなく進むことになってゆく。
本来ネット選挙戦なるものは、
声無き声を集め闊達な議論をするためのツールだったはずも、
自分の姿が見えないコトをいいことに、
ただお互いをひたすら貶し罵倒しあうだけの議論が、
これからの新しい選挙戦になるというのだろうか?

これがネット選挙の正体だとしたら、
はたして、これは如何なものかと・・・。

今回の都知事選、
多くの「全国の人たち」は脱原発における、
都民の行動に期待していた。

ところが都民における
アナログ派とデジタル派のイデオロギーは、
融合されるどころか逆に作用してしまい、
思想の多様化を生み出してしまう結果となった。
まったくといっていいほど議論が噛み合わない選挙戦。

選挙後「都民はみんなバカだ」的なネットでの論調が、
多数見受けられた。

しかしアナログ派の「お年寄り」たちからすれば、
100年後の日本のことよりも、
余命わずかな自分のことで精一杯なので、
脱原発なんて興味がなくて当たり前といえば当たり前な話だし、

若い人たちが「新しい右翼思想」に興味を持つようになっていく過程も、
過去の学生運動や新興宗教崇拝だとか「ねずみ講ブーム」と同じ。
あたかも「祭り」の如しだ。

それをバカなヤツらだと、
遥か遠く安全なところから揶揄する「多くの国民」。

こういうダッチロールを繰り返しながら、
国家そのものがバラバラと崩壊する前兆を、
今回の東京都知事選で見た気がする。
















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