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先日、愚息(長男)の小学校へ、
せっかくの休みの日だというのに、
かったるいながら「授業参観」に行く。

これも親の務め。

ただ、そこでチョット驚いたのが、
愚息のクラスには「多動性障害」の子が一人いて、
この子の自由奔放さと無関心な周囲との異様な光景。

新学年からクラス替えをして心機一転、
担任の教師も、
前学年時の大ベテランの女教師から、
今学年は男の新人教師になった。

前学年のときにも一人やはり「多動性障害」の子がいたらしいが、
授業参観の時は、その子の親が「意図的に風邪をひかせ」
休むという風にしていたそうなので実際に多動性障害の子を、
間近で見たのは今回が初めて。

愚妻に聞くと今は1クラスに一人づつ「多動性障害の子」が、
配置されているシステムになっているとのこと。

別に勉強が全くできないというワケじゃないので、
「特殊学級」に隔離することもできず、
また、この手のガキの親というのは狡猾で、
ちゃっかりPTAの役員に自ら立候補したりして、
学校からも父兄からも意見されない状況を自ら作り出し、
むしろ学校側を完全に味方につけるという立場を、
確保していたりするらしい。

以前、愚息の隣のクラスで、
多動性障害の子の異常行動から始まった
学級崩壊があったことを思い出した。

教師はノイローゼになってしまいシーズン途中で休職。
教頭先生がピンチヒッターで、
残りのシーズンの指揮を執ったことがあった。

「あぁ!その原因の子か!」と思い出して、ようやく納得。
確かに、こりゃ酷いね・・・と。

今は教師も怒れない時代。
体罰は御法度。
ましてや親がいる前では尚更だ。
ただ、それにしても酷すぎる。
授業中チョロチョロと教室内をウロウロして、
突然、奇声を上げたかと思うと、
「僕、国語嫌い!」と言った途端、
突然に元素を順に読み上げ出したりと・・・
それを教師は無視しながら授業が進む。

時折、教壇へ向かいセンセーに愚図ってみせると、
「ウンウンわかった、わかった…」と、
囁きながら肩を優しく叩いて諭す新人教師。

ちょいちょい授業が中断する。

しかし、これが現在の公立小学校での、
教育のあるべき姿らしい。

いくら子供の学ぶ権利とはいっても、
コレはいかがなものかと・・・。

でも、コレに文句を言おうものなら、
それこそモンスターペアレンツ呼ばわれされるとのこと。
今やマスメディアの巧みな脚色で善と悪は簡単に変えられる。

これでは低学年の頃から、
ソロバンや公文式どころか有名進学塾へ通わせて、
中学受験させたがる親が出てくるのも納得できるし、
悔しいかな橋下徹の主張も、
あながちデタラメでもナイかと思ってしまう。

「ウチらのガキの頃と来たら…」
なんて言いたかぁナイが、
それにしても毅然とした教師の姿が、
まるで見えてこないのは大問題だ。

はてさてコイツの親は一体、
どこにいやがる!と思っていたら、
さすがにマズイと思ったのか、
その子の母親が自分の子を教室から教師に断りもなしに、
つまみ出す行動に出た。
それを皆、見て見ぬ振り。

結局、授業が終わるまで、
その子と母親が戻ってくることはなかった。

「いつも、アイツあんな調子なのか?」と愚息にあとで聞けば、

「今日はまだマシな方」とそっけなく答えた。
これが、ごく日常の「平凡」な光景であるらしい。

今回のクラス編成では比較的大人しいメンバー構成で、
心穏やかな子を集めてクラスを編成したような印象で、
よくありがちな「厄介な子」というのを見かけなかった。

潮風太子がいうところの「厄介な子」がいると、
たいがい、これがイジメや学級崩壊の起点となる。
こういう厄介な子というのは我々には経験上、
オーラというか独特の雰囲気で分かる。

そういう点は、学校も細心の注意を払っているようだ。

しかし、この程よい緊張感と秩序がいつ崩壊するかは、
正直わからないところ。

緊張感と秩序というのは一旦壊れてしまうと、
そう簡単には取り戻すことができないモノ。
それはオトナの世界でも同じ。


6月18日の東京都議会の本会議で
「みんなの党」の塩村文夏議員が、
女性の晩婚化や晩産についての質問をしている際、

自民党とおぼしき男性議員数名から
「早く結婚しろ」だの「産めないのか?」といった、
常軌を逸したセクハラヤジが飛んだ。

その場の動画をじっくりチェックすると、
結構、笑い声が出てたりと、
「和やかな雰囲気」の議場の様子だったものの、

それが、このあと世界中から嘲笑され、
日本中を「震撼」させるような事態に発展するとは、
この時、この現場にいた誰が思っていただろうかと・・・
おそらく、当事者である塩村議員ですら想像だにしていなかったハズ。

今の時代、ネット動画などがあるので、
言った言ってないなんて誤魔化しは通用しない。
ある意味、残酷な時代だ。

最初はネットで騒ぎが起き始めたかと思っていたら、
外国のニュースでも、この件が取り上げられた途端、
日本国内のマスメディアも一斉にこのネタに飛びついて、
「犯人探し」をはじめた。

あとはマスメディアの情報を見てもらうとして、
私、潮風太子が、この件で一番感じたことは、

石原慎太郎が都知事だった頃と比べると、
最近の都議会は全然、緊張感というか、
ピンと張り詰めたようなピリピリムードが無くなったなと・・・。

では、都議会の緊張感が切れたのはいつか?
と思い返すに、私メが思うところ、

やはり石原都政を引き継いだ猪瀬直樹が都知事になって、
オリンピック誘致まではよかったものの、
例の徳洲会マネー騒動あたりから、
議会がザワザワし出すようになった。
あの頃からではなかったかと・・・

特に「カバンのコント」のあたりからは、
完全にマスメディアを意識した、
ウケ狙いのヤジが多くなった。

この瞬間こそが、
それまで積み重ねて作り上げてきた、
都議会の威厳を失った瞬間だったような気がする。

もう舛添要一が都知事になった頃には、
完全にユルい雰囲気の議場になっていたので、
議会がヤジなどでザワついている光景も、
ごく普通の光景になっていた。

今にして思えば、
まぁ、こういうコトが起きても、
何らおかしくなかったのかなと。

潮風太子は中道右派のポジションとはいえ、
個人的には石原慎太郎のことを、
どうも好きになれないので、
石原慎太郎を褒めるというのは、
まったくもって不本意ではあるものの、

石原慎太郎が都知事だった時代。
まるで絶対君主のような立ち振る舞いの
石原慎太郎にヤジでも飛ばそうものなら、
それこそ待ってましたとばかりに、
石原慎太郎が「うるせ~な!黙って聞けよ」と一喝してから、
「じゃあ、あなたは~」と例の記者を吊るし上げるときの、
あの口調で質問攻めにして、
その場で逆に吊るし上げ、党への影響を考え、
我に帰り発言に躊躇するヤジを飛ばした議員を更に追い込み、

「あなたの意見を今、聞いてるんだよっ!」などと、
周囲への見せしめのように詰問して黙らせるという、
まるで恐怖政治のような議会運営を行っていたもの。

こういう場面をMXテレビでの議会生中継をみるにつけ、
「慎太郎を潰す絶好のチャンスなのに、
お前らはバカか?このボンクラ野郎ども!」
と当時の都議会議員たちに対して何度も思っていたものだ。

もっとも千葉県民には関係のないハナシなのだが・・・

ひどい時には傍聴者(左翼系)にまで怒鳴りつける始末。

これをマスメディアは切り取って報道して、
やたらと「石原都知事また問題発言」とやるのが、
当時の都議会の雰囲気だったものの、
少なくとも今よりは、
はるかに「厳粛」な雰囲気で都議会が運営されていたので、
都議会としての威厳は保たれていた。
言い方を変えると「ヤジも飛ばしづらい重い雰囲気」だったと。

おかげでオリンピック招致を言い出したときも、
カジノ計画を最初にぶち上げた時にも、
築地の移転を強行主張したときも、
「楽しいヤジ」を飛ばす議員などいなかった。

「あんた!無茶苦茶言いよるなぁ~」ってな調子の。

結局のところマスメディアが話題にした議案のときには、
共産党の議員が少しばかりヤジを飛ばしたものの、
ほとんどが「いつもの通り」の議会だったもの。
コトは常に順調に運ぶ、
楽しい雰囲気など一切ナイ「厳粛な議会」だった。

でも、これ以上書くと、
嫌いな石原慎太郎を賛辞するような、
提灯記事になってしまい胸糞が悪くなるので、
もうこの辺でやめておくとして、

万事、あまりに自由が過ぎるようになると、
オトナだって我慢が効かなくなるもの。

「なんだ、あの程度なら大丈夫なのか」と。
教室で騒ぐことも議会でヤジを飛ばすことも、
脱法ドラッグなんかもそう。

秩序の崩壊というのは、こういうコトだ。

昭和の教育モデルでは、
絶対的な権力と暴力(コトバも含む)で、
恐怖をもって下の者(コドモ)を支配し秩序を作り、
「教育」していくという方法論が「正義」とされていた。

でも、21世紀の日本では、それは「悪」と定義されている。

「暴力的で野蛮な教育は、もうやめましょう!」と。

いくらかまともな社会になりかけている矢先、
こういうコトが日本中のあちこちで起きるようになると、
結局のところ、
「やっぱり戦前の教育は今よりはまともだったんじゃないか?」
という考え方に人々は「回帰」していくことになる。

実際に猪瀬都知事失脚後に行われた、
かの都知事選挙において、
石原慎太郎と同盟を結んだ、
極右の田母神俊雄がネトウヨ層の若者中心に、
61万票あまり(4位)を集票するという、
異常な事態にまで発展している。

皮肉なことに若い人たちを中心に、
こうした「戦前の大和イズム」みたいなものの、
復権の望む声が遅かれ早かれ聞かれるコトになるのだろうか・・・

実は無関心を装う声無き声こそが最も恐ろしい。
狂気へ向かう第一歩であることを社会科の授業で、
学ばなかったか?

この国の秩序の回復が実は急務課題であることが、
この2週間でよくわかった。

また来週。


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