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今年の夏もまた夏休みの宿題、
読書感想文で難儀。
とにかく我が愚息(長男)は小学3年生だというのに、
本という本をまったく読まない。
マンガすら読まない。

潮風太子は子供の頃、
親父から何かにつけ本を読め読めと言われ、
それが嫌で読まなかっただけで、
自分が好きなマンガ、
プロ野球選手名鑑にオカルト本、
鉄道やミリタリー関係の雑誌は、
もうボロボロになるまで読みこんでいたモノ。

ソコが決定的に違うので、
まったく読まないとなると、
まさに取りつく島ナシ。
が、夏休みの宿題とあっては、そうもいっていられない。
とにかく何か本を読ませなければ・・・

そこで今年は、
どうせ文科省推薦の長文の本など、
わが愚息が読めるわけナイので、
こういうオムニバスものの短編集の中から、
気に入った話の感想文を書かせることにしてみた。


講談社から出版されている
ほんとうにあったお話 3年生用

というノンフィクションのオムニバス本をチョイスし、
これを読ませるコトに。

とにかく愚息に本を選ばせてみたら、
わけのわからない幼稚園児が読むような、
幼稚な絵本を選択しようとしていたので、
「ダメだそんなの!」と一喝して、
無理矢理読ませることにする。

「ふとんかいすいよく」ですら小学2年生向けだというのに、
なんとも情けない小学3年生である。

とは言っても当たり前のことながら、
そう簡単には読むわけがナイ。

しかし感想文は書かなくてはならない…
例によって時間もナイ。

そこで今度は、
次男(4歳)が寝る前に本の読み聞かせをする形で、
次男に対して掲載されているストーリーを順に朗読することにした。

次男は本が好きなので黙って聞くことが出来る子だ。
すると、横でバカアニキも一緒に寝しなに聞くようになるハズ。
そう考えた。

ところが、いざやってみると、
次男は、ちゃんとストーリーが理解出来る子なので、
つまらないネタだと「これ嫌だ!つまんない」と言い放ち、
逆に気に入ったハナシだと、
こっちが完全に読み飽きても尚、何度も繰り返し読ませる。
ちょっと厄介な一面が・・・

とはいえ、そこで次男が気に入ったハナシというのが

この「本場のカレー教えます」という、
新宿中村屋のカレーのルーツを書いた作品だった。

一応、あらすじを。
1915年イギリス植民地時代のインドで、
イギリスからの独立運動活動を行っていた、
ラース・ビハーリー・ボースというインド人の青年が、
イギリスの追手から日本に知人のつてを頼って来日する。
ボースが29歳の時。

当時、日英同盟を結んでいた日本。
イギリスから日本に対しボースを捕らえるように迫るも、
当時の日本はまだいくらかマシな人間も多く、
ボースを捕らえてイギリスに引き渡せば、
牢屋に閉じ込められるか殺されてしまうと判断、
とりあえずボースを警察の監視下に置くことに。

アジアの欧米からの独立運動に理解を示していた、
当時の日本人支援者たちはボースをかくまう相談をする。
そこで当時パン屋の中村屋を経営していた、
中村屋主人の相馬愛蔵が「ウチでかくまうのはどうでしょう?」と提案し、
その結果、ボースは警察の監視の目を盗み逃走、
中村屋の裏庭にある小さな建物に身を潜める。

そして3ヶ月半も閉じこもり外には一歩も出なかったという。

その後もイギリスに雇われた探偵に見張られるなどしたため、
17回も引っ越すことになってしまう。

中村屋の娘の俊子は英語が話せたため、
ボースを懸命に支援することに。
そういう縁もあって2年後ボースと俊子は結婚する。

やがて世界の情勢がかわり、
イギリスはボースを追うことを諦めてしまう。
(※第一次世界大戦の終結に伴うもの)

ちょうど、この頃中村屋はパンを売るだけでなく、
喫茶室やレストランの経営を計画する。
そこでボースはレストランのメニューにインドカリーを入れることを提案。
当時の日本人たちは、イギリスから伝わった、
シチューのようなカレーは知っていたものの、
本場のインドカリーのことを知らなかった為、
「ぜひ日本人たちにも本場のカリーを味わってもらいたい」
と願っていたボースは早速、カリー作りに励み、
やがてメニュー作りに成功し、当時普通のカレーが10~12銭という時代に、
80銭という高価なメニューとなったものの、
これが大当たりし中村屋を代表する大ヒットメニューとなる。

その後もボースは中村屋で働きながら、
インドの独立運動を支援し続けたものの、
1945年1月ボースは日本で永眠。

そしてインドがイギリスから独立を果たしたのは、
それから2年後の1947年だった・・・・

というハナシ。

念のため、あえて補足を加えるとすると、
中村屋はクリームパン、クリームワッフルを発明したパン屋で有名。
一節には中華まんやカレーパンも発明したのが中村屋という説もある。
当時の中村屋はパトロン的な存在でもあり、
中村屋サロンと称する芸術家や文化人、政治家などが集っていた。

また中村屋のホームページの「会社について」によると、
屋号である「中村屋」の由来は、
「中村屋」の創業者である相馬愛蔵・黒光夫妻が、
パン屋を営むことを決意するも、商売に関して全くの素人だったため、
「パン屋を譲り受けたい」という広告を新聞に掲載し、
米相場で失敗した当時の中村屋の経営者が売りに出すものの、
中村屋自体は繁盛していたので屋号はそのままにして居抜きで買取り、
経営だけを引き継いだ為、とされている。

また相馬愛蔵の娘であるボースの妻となった俊子は、
ボースの逃亡の手助けの心労のせいもあってか、
大正14年、わずか26歳という若さで肺炎にて亡くなってしまう。
中村屋インドカリーの登場は、その後昭和2年である。
中村屋のカリーのサブタイトル「恋と革命の味」とつけられているのは、
そういう理由から。
~補足終わり~


さて、このハナシ結局、都合1週間ほど読まされるコトに…

ところが、門前の小僧なんとやら…で、
とうとうバカアニキの愚息も、
完全にストーリーをマスターしたらしく、
「この感想文を書く」と言い出した。

実際に「読んだ」とは言い難いが
とにかく感想文を書くキッカケが出来た。

とりあえずは作戦成功である。

書き出しは予想通りボロボロだったが、
とりあえず一通り「下書き」だけさせてみる。

その中から使える文を抜き出し、
パズルのピースの中心を決める要領で、
軸になるハナシを確定させ、
前後のハナシを繋ぐカンジにしパズル式にて、
文を付け足す手法を用いて構成していく。

このやり方で都合、
原稿用紙3枚分なんとか書き上げることに成功!
とりあえず期日には間に合った・・・

ただ、文末に「こんど、ぼくもなかむらやのカリーを食べに、
お父さんにつれていってもらおうと思います」
と書きやがった・・・。

締めの文章としては、なかなかのフレーズだが、
中村屋のカリーは「本格カリー」である。
辛いカリーだ。
しかも高い!!(汗)

とは言いつつ、
行きたいと言われたら、いずれは連れて行かなければなるまい。

念のため、中村家へ下見に行ってみた。
現在、新宿本店は改装中の為、営業をしていないので、
千葉そごう10階にある「インドカリーの店」新宿中村屋へ・・・

定番のインドカリーを注文。
この時、サービスドリンク付きだというので、
ヨーグルト風味のインドのドリンク「ラッシー」をオーダー。
お値段、消費税込1404円ナリ。

確かに辛いといっても最近の下品な激辛カレーなんかとは、
完全に一線を画していて品のイイ「昔ながらの辛いカリー」で、
潮風太子的には「こりゃ高くても仕方ナイかな・・・」と。

でも我が愚息には、
それこそ「お前にゃ、まだ10年早いわ!」と言いたいカンジ。

新宿の中村屋のリニューアルオープンは来年、
平成26年10月29日とホームページにあるが、
まずは、その近くの「ゴーゴーカレー」が先だろうな・・・・


それより今シーズンの我らがマリーンズ。
中村屋のカリーどころか、
ココイチの5カラより辛いシーズンだったなぁ。

また来週。
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