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今週は久しぶりに長いヤツ書きます。
なのでテキトーに端折って読んでくださいませm(_ _)m



「我が書斎」の本棚が最近、また満杯状態となってきた。
本来ならば不要になった本は「ブックオフ」に売って、
廃棄処理すればいいものの、
幸か不幸か、こうしたブログなんぞを書いている関係上、
「資料」として、どうしても手放せない状況。
いつまた「使う」ことになるかわからない。
ネットにない情報(削除されてしまうケース)や、
また潮風太子が読む本というのは、
よく絶版、廃刊になるモノが多く、
あとになって「しまった!」というケースが少なくない。

ということで本棚を探しに「ニトリ」、「カインズホーム」と回ってみるも、
どうもイマイチ・・・
帯に短し襷に長しといったカンジ。

まだ昼前ということもあったので、
ちょいと足を伸ばして船橋の「IKEA」へと車を飛ばす。

~今から36年前の夏。
潮風太子は我が長男と同じ小学3年生の頃。

当時は、このIKEA周辺のことを多くの人々は、
船橋ヘルスセンター周辺と呼んでいたもの。

そして、このあたりには前の年1977年に閉園となった
船橋ヘルスセンターの施設、
大劇場と約1万坪の大プール(通称ゴールデンビーチ)と、
競馬場とオートレース場が点々として残っていた。

大劇場はザ・ドリフターズの8時だよ全員集合の「舞台」として、
ちょくちょく使用されていた。
かくいう潮風太子も2度ほど「公開生放送」を観に行った思い出がある。
それともうひとつの大プールも当時の子供たちにとっては、
人気スポットのひとつで夏休み期間中は連日満員という状況だった。
その中には当然のことながら潮風太子もいた。

近く船橋の海水を濾過して取り入れた海水プールは今にして思えば、
とても斬新かつチープな発想だったなと思うが最盛期には、
この海水プールに1日10万人訪れたという記録が残っている。

昭和27年埋め立ての際、
ガス採掘時に鉱泉が湧き出たところから、
かの船橋ヘルセセンターの歴史が始まる。

地元漁師たちとの補償問題など紆余曲折あったものの、
昭和30年11月3日この温泉を利用した、
今で言うところのスパリゾート「船橋ヘルスセンター」が誕生。

この栄華繁栄ぶりについては改めてここで書くまでもないほどだが、
それこそ当時の「船橋ヘルスセンター」関係の写真を見ると、

こんなに人って密集しても死なないものなのか?
と思うほどの客入りであったくらいのことは書いておくか・・・
最盛期には年間400万人以上の来場者で賑わっていたという。

しかし昭和46年地盤沈下防止のため、
この周辺の温泉の採掘が禁止されたことや、
時代の変化と娯楽の多様化に伴い、
来場者数も激減したこともあって、
昭和52年「本体」の船橋ヘルスセンターは閉園する。

やがて大劇場も大プールも閉鎖され、
そこへ「ららぽーと」という大型商業施設が出来た。

今では船橋のららぽーと周辺といった方が、
理解しやすい土地となっている。

一時、屋内スキー場(SSAWS=ザウス)もできたりしたが、
ここも無くなって跡地に外資系の大型家具店IKEAができた。

そのすぐ隣りに船橋オートは隣接している。
いやIKEAよりこっちの方が先だから、
逆か…

36年前の夏、
家族とゴールデンビーチで、
海水浴をしているとプール沖合向う側から、
単気筒エンジンのバイク独特の爆音が、
まるで波打つように聞こえてくると、
「あ、レースが始まった」と子供たちは認識した。

周回を重ねていくたび、
その爆音に重ねるように博徒たちの歓声や絶叫が、
次第に熱を帯びて聞こえてくるようになる。

爆音の終わり際には、
博徒たちの罵声と歓喜の声が一際大きく聞こえるも、
それも束の間。
再び何事も無かったかのような、
静かな夏の健全なプールの風景に戻る。
ゴールデンビーチは子供たちの無邪気な歓声に包まれた…

これが潮風太子のゴールデンビーチでの36年前の記憶。

そして、
その爆音の主こそが船橋オートレース場だったのだが、

その船橋オート。

今年の8月中旬、
突如として船橋オートレース場を、
2016年3月をもって廃止とする。
というニュースが報道された。



発表当初スポーツ紙の小さい記事で、
知る人ぞ知るようなニュースだったものの、
翌日には

メジャー各局のテレビやラジオのニュースでも
取り上げられるようになったことで、
ちょっと話題になった。

これもまた船橋ヘルスセンター同様、
時代の流れというか趨勢というか、
また昭和がひとつ消えていくのか…
と感傷的に思いつつも、
以前5年ほど前、
チョコっと触りのネタで、
取り上げた船橋オートのネタ。

改めて本ネタとして取り上げてみようかと・・・
潮風太子的地べたの視点で書いてみることにしましょうかね。

ということで、
ここからはギャンブルネタになるので、
お好きな方だけ「続きを読む」にてで、
先をご覧いただくという風にしますか(笑)

では、これより先は
≫続きを読む をクリック にて…














昼の小1時間「本棚」の件は一旦「棚上げ」にして、
IKEAのスグ隣「取材」に久しぶり船橋オートレース場へ。

閉場が決まったからなのか、その前からなのか、
なんと入場料100円が無料となっていてビックリ!
考えるに「もぎり」の姉ちゃんもリストラしてしまったのだろうかと。
最近の入場者数による収入に対して、
「もぎり」の姉ちゃんのバイト代の方が、
逆に高くついてしまうということではないかと・・・

入場してすぐ入場口前では、
この日「非番」の地元船橋オートの選手たちが、
「船橋オート存続」の署名活動を行っていた。
今ならタダで握手もサインもしてもらえる(笑)

ちょうど潮風太子が入場したとき、
3Rが終了。
相変わらず単気筒バイクが8台も爆走すると、
「やかましい」轟音だと思うものの、
これこそがオート!
という妙な高揚感があったりするから不思議だ。

今でも残る金網の上の有刺鉄線。
いかにココがその昔、物騒な場所であったかを物語っている。

それにしても平日開催の昼どきとはいえ、
本当に閑散としたスタンドに驚かされた。

潮風太子が若かりし頃(バブル期)には、
平日の昼間にも関わらず酔っ払って張っている輩や、
自称プロの車券師やらコーチ屋にノミ屋の購入役に、
払い戻し窓口周辺では窓口を遠巻きにするように、
ダミ声の「両替屋」のババア連中がいて、
その近くにある「ハズレ車券の絨毯」周辺には、
まるでミレーの落ち穂拾いのようにハズレ車券の山から、
奇跡を信じて的中券を拾おうとしている「拾い屋」の輩どもが、
それこそゴロゴロしていて、
そんな中、所々に警察を定年で辞めた、
元警察官のガードマンや、
目つきの悪いバレバレの私服警官が2人ひと組で、
イヤホーンをつけて徘徊していたもの。

とにかくオートの客は格段にガラが悪く、
オートレース場は物騒なトコロ。
というのが潮風太子のイメージだったが、
今では年老いたオート歴半世紀みたいな、
正真正銘のオールドファンだけしかいない!
といっていい程、高齢者のたまり場の様相を呈していた。
客層平均年齢62.5歳といったカンジ。


かつては活気に溢れていたこの車券売場も、
今ではほとんどの窓口が閉鎖されてしまっていた。
売り場のおばさんたちも大量にリストラされてしまったのだろう。

JRAのように自動投票券購入(払い戻し)機に、
取って代わったのかとも思ったが、それほど台数もなく、
結局のところ、やはり売り場自体が縮小してしまったようだ。
また電話投票システムの影響もあろうか?


閉鎖された窓口には、
なぜかこうした意味不明な貼り紙があったりして、
一体どういう目的で貼られたモノなのか理解に苦しむところだが、
これを書いて貼った人の気持ちを察すると、
何か切ない気持ちになってしまった。


さて、久しぶりにレースを購入してみるか・・・と、
4Rの出走表を眺めてみる。
すると、典型的な基本型レースであることに、
思わず顔がにやけてしまう。
しかし、それは今から20年以上前に、
当時の「師匠」たちから教わったような、
オートレース独特のレースパターン。
はて?そんな今から20年以上前のやり方で当たるのだろうか?

と思いつつも、
当時の師匠連中が口癖のように、
仕事中でも博打をしているときでも、
「基本は絶対!」と言っていた、
言葉どおり忠実に基本を守る買い方で試しに・・・

この4Rはベテランのみのレース。
もうさんざん同じレースで戦ってきたメンバー。
手の内も実力も、格も全員が把握、了承済み。
ということでハンデをみると、
重いハンデは7番の福田裕二と8番の小林啓二の50M。
これが、このメンバー中では実力者であり人気の基準。

続いて重いハンデが6番の吉田恵輔の40M。
そして、この3人が今回のメンバー中A級レーサーで、
あとの5人はB級(格下)のレーサー。
となると勝つのはこの3人のうちの誰か。

オートレースの世界ではハンデが重いほど勝つ確率が高くなるのが定説。
ただし新人や伸び盛りの若手が出てきた場合は、
この限りならずである。


次にオッズを見てみることに。
締め切り20分前だというのに、
2連単(1,2着ドンピシャで的中)の売上が、
たったの129票(12900円)程度とは、
今のオートレースの現状を垣間見たような気がした。

この時点での1番人気は7-8の組み合わせで8.2倍。
ちなみに、この裏目の8-7の組み合わせは30.1倍、
ということは「常連」は7番のアタマと読んでいる!と判断ができる。

オートの常連は10年ソコソコの「ベテラン」新聞記者より、
はるかに予想レベルは上だからコレに乗るのが定石。

では競馬のように7番から流せばいいかというと、
オートレースの車券の基本は、いかに絞って購入するか!
である。
締め切り間際には、こうしたオッズを見て買う常連組が、
一気になだれ込んでくるので、
人気車券のオッズが極端に低くなる傾向がある。
直前締め切り1分前にもなると2倍を切るなんてコトは、
珍しいことでもなんでもナイ。

何しろJRAの競馬なんかと違い「常連」しか車券を買わないのだから、
皆の予想が同じになるのは至極当たり前なわけで、
それも馬と違い何十年も同じメンバー、同じコースでやっているのだから、
だいたい的外れな予想と結果ということはナイ。
彼らはいかにして資金配分を上手に賭けるか?
というところで勝負をしているのだ。

あくまでも今回は時間潰しでの「取材」が主たる目的なので、
投資金額の上限を500円に設定しての予想。

そして、これが購入した車券。

7-8の1点でもよかったかと思ったが、
8番の小林啓二は60過ぎの「お年寄りレーサー」で、
しかもオッズ表前で、たむろしていた常連ファンたちから、
「小林は3着、来ても2着よ今日は晴れだし・・・無理しねぇよ」
「そうなんだよな~ヤローは昔から最終日は地元(山陽)と、
雨の日しかやらねぇ(勝ちに行く意味)からなぁ」
「それよっか伊勢崎の吉田(6番車)の方が次のグランプリ絡みで、
アル(1着の可能性)んじゃねぇの?」
「いや福田は、もう後がねぇ(船橋廃止なら引退?)から、
今のうちから少々ムリしても稼げるだけ地元で稼ぐべ・・・」
という熱弁に聞き耳を立てていたので、
この話に乗ってみることにする。
7-6,6-7を念のためウラオモテで購入。
あと5-4が20分前に2番人気の12.9倍だったので、
常連の穴党ブッコミ車券である可能性が否定できなかったため、
これまた念の為に購入しておくことに。

こういうのが実際に来た場合、
6番、7番、8番といった人気サイドが全く絡まないことで、
とんでもない高配当になったりすることがあるので、
こういうオッズのトリックも見逃してはいけない。

ちなみに、この会話の中で出てきたグランプリとは、
この2日後に伊勢崎オートで開催される、
オートレースグランプリというメジャータイトルレースのこと。

このレースには今回出場していない船橋の大スター選手たちが、
多く参戦の予定だったので、
ここで伊勢崎勢に手土産を持たせておいて・・・
ということらしい。
なかなか深い話をする連中だ。

ということから、
このレース5点買いにて、
いざ勝負!!

スタート前のワクワク感は、
競馬も競輪も競艇もオートも皆同じ。
しかし、かつてはハンデ80メートルとか、
100メートルなんてレースがザラにあったものだが、
最近では、そうした極端なハンデのレースはなくなったらしい。


さぁ一斉にスタート!
このレース唯一0ハンデの地元船橋の伊藤達司(61)が、
スタートよく飛び出す予想通りの展開。

しかし哀しいかな、これまた予想通りというか、
お約束というか、あれよあれよという間に、
7番地元の福田がスイスイと内側から1台また1台と抜き去って、
残り2週目で先頭に立ち、
それを6番吉田と8番小林が追走するという、
「常連おっちゃん達」の予想ドンピシャのレースとなる。

そして結果。
1着7番福田裕二
2着6番吉田恵輔
3着8番小林啓二
2連単860円(3番人気)となり、
低配当ながらも、なんとか無事プラス的中!!
あ~よかったよかった!と思っていたら、
例の連中は皆、3連単(1,2,3着ドンピシャ)で的中させていたようだ。
さすがは百戦錬磨のツワモノ達だけはあると改めて思った次第。

さらにあとでわかったことだが、
2連複(競馬と同じ1,2着どちらが先着でも2頭入れば的中)の配当が、
550円だったので6-7の2連複を200円購入した方が、
実はプラス幅が大きかった!のだが、こういうのを結果論、
あとの祭りという。

自動払い戻し機でジャリ銭を払い戻して、
次のレースに!と思ったが、
出走表をみたら新人が3人も同じレースに乗るという、
一見すると簡単そうに見えるが実は、
1年に1度あるかないかくらいの超難しいレースとあっては、
これは見送りと判断。
焼き鳥でも昼飯に食うかと「あぶく銭」を手に焼き鳥屋へ向かう。

行く途中に、すっかり数が減った「予想屋」のダミ声が聞こえてきた。
コレを聞くとなぜかホッとする。

しかし、その予想屋もまた「次からは100円のレースだよ~」と、
賭場の客たちに口上に乗せながら忠告をしていた。
要するに5Rは穴レースだから絶対に額を張って賭けなさんなよ!
小さく張って大きく儲けなさいよ!という意味となる。
言い換えればシロウトが予想しても絶対に取れないレースだから、
「プロ」の予想を買って判断なさいという売り文句でもある。

案の定5Rはオートには珍しい2連単で10300円もつける、
万車券レース(37番人気)となった。
3連単は68290円だったというから、
これまた常連たちは驚いたことだったろう。
こういうことはめったにナイ。

買わないでよかった~危ねぇ危ねぇ・・・とホッとひと安心。
基本予想パターンで購入していたら大ハズレだった・・・。

そういえば予想屋もすっかり少なくなっていたことに気づいた。

船橋オートの名物予想屋といえば、
「ミスター船橋」だったのだが、
どうやら廃業してしまったらしい。

独特のダミ声と軽妙な話術で、
ミスター船橋の予想台前には、いつも大勢のファンたちがいて、
その昔、大井(競馬場)の佐々木と並んで、
船橋(オート)のミスター船橋といえば、
知る人ぞ知る「超有名人」だったものだ。

1階スタンドの1番奥に位置する「田久保」という、
焼き鳥屋を発見したので1本150円の焼き鳥を購入することに。

そして「1本くださいな」と言うと、
大昔は美人であったろう(笑)焼き場の女将が、
すぐさま置いてあった焼き鳥に改めて火を通してくれたので、
ちょっと感激。

「焼いて出してくれるんですね」と潮風太子が言えば、
「ウチは冷えたのなんか出さないよ・・・」と、
ちょっとドスの効いた声が帰ってきた。

どことなく昔ながらの職人の風情アリ。
ついこういう人には昔から魅力を感じてしまう。

「お姉さんココ長いんすか?」とつい話をしてしまう。
「ココに来て38年。前はあっちにいたんだけど、
なくなるってんでコッチに移ってきて38年よ。
向こうでは受付とかやってたんだよ」と、
どこか嬉しそうに話す女将。

「あっち」とか「向こう」でわかるのは昔の、
船橋界隈のことを知っている世代くらいなので、
一応補足して書くと「あっち」、「向こう」とは、
かの船橋ヘルスセンターのこと。

38年前というと閉園になる1年前ほどか・・・
後日、当時の資料を確認してみたら、
当時700名ほどいた従業員たちの再就職先を見つけるのに、
当時の社長が奔走したという記録があった。

ということは、その約700名ほどの中の一人が、
この「女将」だということらしい。

ついでに書くと、潮風太子がゴールデンビーチで聞いた、
アノ轟音の「発信源」であった
この場所に、その頃すでにいた、
ということでもある。

短い時間ながら、そんなたわいもない話をしていると、
「ハイ焼けたよ」と言ってタレ桶にぶっこんで、
タレをたっぷりつけて手渡してくれた際に、
「タレこぼさないで」と一言忘れない心配りに、
改めて、こうした鉄火場で38年もの長いあいだ、
勤め上げてきたホンモノの実績を感じずにはいられなかった。

また、この焼き加減とタレが絶妙で、
独特の味を出しているのだ。
危険ドラッグでも一緒にタレに混ぜているのかと思ってしまうほど、
やみつきになる味で、コレはヤバいと思った。

150円高いか安いかは個人の価値観によるところだろうが、
1本70円ソコソコのそのへんの焼き鳥2本食べるより、
この1本の焼き鳥の方が絶対的に酒がウマく感じるハズ。

こんなところに、こんな名店があったのか・・・と驚かされた。

念のため後でネット検索してみたら、
当然のことのように「有名店」として各方面で紹介されていた。
必ず、また行ってみたい「店」・「味」であるし、
それに、もっと「女将」から話を伺いたいと思った・・・


さて話がすっかり長くなってしまったので、
そろそろまとめなくてはならない。

この船橋オートレース場はオートレース発祥の地でもある。
しかし老朽化により建て替えリニューアルするには、
約14億円のカネがかかり、また改修したとしても、
それに見合う「収益」が得られる見込みがナイという。

ここで、さんざん書いたように、
客の年齢層は高くなる一方であるのに対し、
実際には客の数も売上げ額も下降の一途をたどっている。
さすがに、これでは将来は尻すぼみと言われても反論材料がナイ。

以前は1開催6日や7日開催を月2回なんてのも当たり前だったが、
近年では開催日も減らし競輪と同じ3日間開催で月2回程度というのが、
通例とのこと。

よって実質1月6日の実働ということになる。
働く日数が減ってイイね!と思うのはサラリーマンや公務員だけで、
バイクが走ってナンボの世界で暮らす人たち
(選手はじめオートレース関係者すべて)
にとっては減収を意味するのだから、まさしく死活問題である。

選手たちとて廃止となれば、
この先全員「選手」としてやっていけるハズもなく、
多くの船橋の選手たちは引退を余儀なくされてしまうことだろう。
選手として他場へ無事移籍できたとしても、
その先も決して楽観的状況とはいえない。
つぎは、どこが廃止か?というハナシになるのは必至だからだ。

しかしながら、いや失礼ながら、
これまでオートレースの営業関係者たちは、
どういう営業をしてきたのだろうか?という素朴な疑問を
改めて持たずにはいられない。

このところは地元出身の国民的大スター「ふなっしー」に、
ちょくちょく来てもらい「ふなっしー」頼みながらも、
とりあえず客寄せなどを行っているのは知っている。
が、その一方で「外国人観光客」の集客に目を向けていたのだろうか?と。

実は、この日2人のヨーロッパ系と思しきガイジンと、
彼らをエスコートする日本人ガイドが来場していたのだが、
彼らをしばらく観察していたら、
どうやら彼らは「車券を買いたくとも購入方法すら分からず」という、
状況だったようだ。
当然のことながらガイドの人も「オート通」どころか、
普段は3競オート(競馬・競艇・競輪・オートレースの略)なんぞ、
やらない人なのだろう。
システムそのものが理解できていないようだった。
それこそ右も左もわからない状態。
せっかく来てくれたのに、ちょっと気の毒な気がした。

それと、このマークシート。
日本人でもわかりずらく、
それこそ「常連」しか使い方がわからないモノではなかろうか?

実はモータースポーツの盛んなヨーロッパの人たちにとって、
日本のオートレースのようなシステマチックな「カジノ」は、
むしろ新鮮で興味深々なモノなのではなかろうか?と。

博打好きな中国人はどうか?
今では日本人よりもオートバイになじみの深い、
アジア系の人たちはどうだろうか?
こうした国々の「お金持ち観光客」たちに対し、
ツアーなどのプレゼンを行ったことがあったのだろうか?と。

まぁ競馬は別格として、他の競艇や競輪に比べると、
1周目の1マークで勝負がついてしまう競艇よりゴールまでハラハラするし、
ゴールの1着2着が競輪よりもわかりやすいオートレースは、
実は外国人好みの「公営ギャンブル」ではなかろうかと。

まず客を呼びTwitterなどSMSを使ったクチコミ効果で、
さらなる集客効果を狙うというのが現代の手法である。

船橋オートは他のオートレース5場に比べて、
非常に都会へのアクセスがスムーズな立地条件。

時代の流れなのだから仕方ナイじゃん!
というのが一般的な論調であることは重々承知の上も、
お台場に趣味の悪い「金持ちの為だけ」の、
なんちゃってカジノなんぞを総事業費6000億円とも言われる、
莫大なカネ(一部税金)をかけて作るより、
日本古来からある「ジャパニーズカジノ」を、
今一度見直してみる手はなかろうかと。
客層が外国人ばかりでは何が悪いのかと・・・

ダイソー(いわゆる100円ショップ)など100円ショップに、
最近、外国人が大量に買い物をする光景を目にするようになった。

ならば100YENから賭けられるギャンブルとして、
オートレースで外国人相手のビジネスを!
というのも一考すればいいのに・・・
と思っているのは潮風太子だけ?なのだろうか・・・
パイ自体が大きくならないことには話にならない。

あるオートレースファンのオヤジがこう話してくれた。
「今は10万円持ってる奴はパチンコに行く、
100万持ってる奴は株(FXとかだろうか?)やっている。
見てみ、ココにいる連中は小銭しかもってない連中ばかりだろ?
これじゃあ売上げなんぞ上がりっこナイわな・・・」
なるほど確かに、
潮風太子が20数年前にオートレース場へ来たときとは、
客の張り方、金額がまったく違う。

払い戻し窓口で並んでいると、
それこそ見たこともないような札束
(500万いや1000万はあろうかというくらい)の、
払い戻しを受けている猛者を随分見かけた。
なので2万円程度の払い戻しでは肩身が狭かったのを思い出す。

しかし今では、そんな豪傑ギャンブラーはココにはいない。
そういうことらしい・・・


この先の36年後、
この地はどんな景色に変わっているのだろう・・・

まだ600cc(新人は500cc)バイクの轟音は、
相変わらず鳴り響いているのだろうか?





ちょっと今週は長くなりすぎました。
次回はアッサリ目で・・・ということで、
また来週。



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